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2011年12月21日
催眠術
少年の頃からモノを書くことに憧れていた。高校の頃は、書くことは得意の分野で先生方にも認められていた。別に小説家になりたいといった文字志向ではなく、どちらかといえば散文のたぐいでエッセイなどを書きたいと思っていた。
初めての文章が活字になったのは大学院生の頃で、雑誌に投稿したエッセイが入選した時であった。入選作として雑誌に載った時は本当に嬉しかった。そして、「物書き」としての自信のようなものが湧いてきて、なんとなく「俺には才能があるんだ」と思い込んでしまったことを記憶している。
その時のエッセイの題目は「催眠術」であった。大学院では経済史を専攻していたので心理学とは無縁であったが、フロイトとかユングが好きで、特にフロイトの心理療法に興味があり、当然のごとく催眠術に深い関心を持って勉強もしていた。とある日、友人の女子学生に催眠術をかけることになった。勿論、彼女も同意の上である。私は初体験なのでマニュアル通りに半信半疑で、〜目をつぶってください。ゆっくり深呼吸をして下さい・・・左手を開いて肩の高さまで上げて下さい・・・と手順を進めて数分も立たないうちに彼女は完全に催眠術にかかってしまったのである。
私はその時の感動をエッセイに書いた。二千字程の短文だったがリアリティーのあるいい文章が書けた。そしてあろうことかその年の「さんけい随筆賞」をもらってしまったのである。私の物書きの始まりはこの賞を取ったことが原点だと思っている。
さて今回書きたいのは物書きの話ではなく「催眠術」の方なのである。その後友人には催眠術師といわれる程熟練し、軽度の神経症、不定愁訴、自信喪失症など随分治してあげた。
多分、この分野には向いていたのだと思う。その後いつの間にか催眠術を使わなくなっていた。
催眠術がきっかけで人間の深層心理にだんだんと興味を持つようになり、対話を通して相手の無意識のレベルに入れるようになっていた。だから催眠術が必要なくなったのである。世にいう「読心術」とは全く違うのである。人間の意識はエネルギーである。無意識レベルのエネルギーは、意識レベルのエネルギーの数百倍強い。だからチャンネルが合えば無意識レベルとの共鳴の方が容易であるといえよう。
心の問題を取り組んで60年。しかも思いがけない偶然から催眠術を熟知、大脳生理学、言語心理を学び今では人の深層心理に入ることが出来るようになっている。
いよいよ八十歳。この能力を人々が幸せになり物心共に豊かになることに本当に役立てたいと思う八十歳である。
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